高校生は大人か子供か「大人扱いをする意義」

青少年育成・社会教育・学校教育

私が学生だった10年前は、社会人と一緒にテーブルを囲んで事業方針について議論をしたり、資金だけ用意してくれてプロジェクトを任せてもらったり、当時は自分たちだけでは解決できない大人の事情に揉まれて苦しかったけど、今となってはいい経験をさせてもらえたと感謝しています。

そう考えると、子どもを「大人扱いしてあげる」ことが少なくなっているような気がします。

 

高校生は大人か子供か

櫻井翔さんが主演するテレビドラマ 「先に生まれただけの僕」 を見ました。

1話目はざっくり櫻井翔演じる鳴海涼介の赴任まで経緯とドラマの世界観を示す内容、そしてある生徒の抱える問題についてです。

 

オブラートに包む VS 現実を突きつける

家計を支える父親が病気で入院したために希望している大学進学を諦めようとしている生徒に対して、優しく話を聞いて奨学金で大学進学を勧める真柴ちひろ(蒼井優)。

対して、鳴海涼介(櫻井翔)は借金を背負うという事実を理解して判断をすべきだと生徒に現実を突きつける。

そして、その生徒は現実を受け止めきれず 泣いて教室から飛び出していってしまった。

これを受けて、真柴ちひろが、「高校生と言ってもまだ子どもです。」「高校生なんだから現実を教えればいいってもんじゃないんです。」と。

[aside type=”normal”]2人生徒観

真柴ちひろ:高校生・・・保護を必要とする子ども

鳴海 涼介:高校生・・・自己に責任を持つ大人

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おそらく、ドラマでは 紆余曲折があるにしても、次第に、主人公は櫻井くんなので、櫻井くんて正しいよねというオチになるでしょう。

しかし対極的な主張をする二人なので、現実的にはどちらが正しくて、どちらが間違っていると言い切れない、ケースバイケース、その子の置かれている状況や成長度合いによって変わるのでしょう。

 

子ども扱い:大人扱い=3:7

自分の場合が高校生対象の現場に入っている時は、子ども:大人=3:7 ぐらいで織り交ぜているつもりです。

自分の学生の時の経験や企業のマネージャー育成、リーダーシップトレーニングの考えから、任せて育てる考え方が強いです。

まずは時間が掛かっても自分たちで道を見つけて進む経験をしてほしいので、必要な概略だけ説明をして、あとは進め方や方針をグループに委ねてしまいます。そうすると、なんとなくリーダーシップを発揮する人が現れて、方法を模索しはじめます。

アイディアが出なくて停滞していても、メンバーのモチベーションが下がってやる気を失っていても観察しています。

大人が糸口を示唆して手伝えば、早く成果が出てグループのモチベーションが下がらずに、達成感が味わえるのかもしれないのですが、幾つか失敗してもいいし時間がかかってもいいので出来る限り支援は最小限にしたいと思っています。

任せた以上は、最大限自力でプロジェクトを遂行してほしい。

自分としては、企業研修としてのチームビルディングや筑波大附属小学校の清里合宿を知っているので、大人の研修では当たり前だし小学生でもやっていることなので、あまり気にしていませんでした。しかし、先日、知り合いに話していた時に、それって厳しくない?と言われてしまいました。

でも自分としては、自分が安全や最低限のクオリティーに責任を持って軌道修正できると自信の持てる範囲で任せています。(=これはチームのマネージメントの仕事。)

適度に大人扱いをして、大人としての考え方や立ち振る舞いを学ばせていかないと、子どもを子供扱いしているといつまでたっても子どもでしかいられなません。

子供扱いをすることは保護をしているようで、実は、その子を育てられていない。

子供扱いをするということは、ずっと子供扱いをし続けるか、ある特定の時期に突然大人として振る舞うことを求めることになるので、よっぽど残酷ではないでしょうか。

 

 

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